第十二使徒
シャトー・ディケム

シャトー・ディケムが紡ぐ、物語に刻まれた一口
第44巻 #431〜
- 国
- フランス
- 地域
- ボルドー(ソーテルヌ地区)
- 葡萄
- セミヨン、ソーヴィニヨン・ブラン
- 年代
- 1976年
- 生産者
- シャトー・ディケム
- 登場巻
- 第44巻 #431〜
総合 57 / 100
神咲豊多香の手紙
私は歩いている。苔生した暗い森を抜けると太陽の照りつける丘が開けた。だが、その丘はまた霧に覆われ、私は歩むべき道を失う。私はまた歩いている。そこは静謐な寺院。歴史を刻みつけた長い廊下は、光が差してはとだえ、どこに続いているかも定かではない。私はふいに檻に閉ざされた。しかし、その檻は人を閉じ込め苦しめるための檻ではない。むしろ、その後ろに待つ喜びをより深くするための、神の仕掛けた余興なのである。私はしなやかな雌ライオンに出会う。鳶色の目でじっと私を見つめている。私に恋をしているのだろうか?その吸い込まれるような瞳。歩み寄ろうとすると、背を波立たせながら逃げ去ってしまう。私はまたひとり。そして、歩き出す。私は歩いている。色とりどりの果物や、花や、麦わら帽子、そして絹の織物や笑顔、溢れかえるそれらは昼下がりの市場だ。私はそれから総てを味わいながら、ゆっくりと時の流れを楽しむ。ゆっくりと気まぐれに食べ、気まぐれに言葉を交わし、そしてくつろぐ。私は泳いでいる。深い、底の見えない透明な泉を。果てしなく続くグランブルーの彼方に、私はゆっくりと滑り落ちてゆく。これは温もりなのか、それとも優しい絶望なのか。絶望だとするなら、もう決して戻ることはできないだろう。私はピクニックに出かける。誰と?決まっている。幼い頃の私とだ。年老いた私を、幼い頃の私が不思議そうに見つめている。そして自由に駆けまわる幼い私を、年老いた私が見守るように見つめている。どちらも同じ私。一本のワイン。私はパイプをくゆらしながら、遠い海を見つめている。日はとうに沈み、夕闇が視界を閉じ始めている。私はいつの間にか眠りに落ちていた。若き日の私は血気盛んに嵐の海を乗り越えてきた。歳を重ね、大地を踏み固めるように前に進んで、時に壁を登り坂を下り、泣き、笑い、怒り、喜んだ。黄昏を迎えた私は歩いてきた道を振り返るが、そこには何も見えず、ただ足跡だけが続いていた。決して戻ることのできない私ひとりの足跡、ふと目を覚ます。入れたばかりの紅茶は、まだ温もりを残していた。60年の歳月は、一瞬の夢に過ぎなかった。このワインはまどろみが連れてきてくれた長く、短い夢である。このワインは永遠であり、そして一瞬である。
聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シャトー・ディケム(1976)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。