神の雫

十二使徒

The Twelve Apostles

十二使徒

神咲豊多香が遺した12本の偉大なワイン。
物語の軸となる使徒たちを、登場順に並べています。

使徒を選ぶ第一〜第十二

第一使徒

シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルーズ

シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルーズ

ジョルジュ・ルーミエが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第6巻 #51

フランス
地域
ブルゴーニュ
葡萄
ピノ・ノワール100%
年代
2001年
生産者
ジョルジュ・ルーミエ
登場巻
第6巻 #51
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

私は原生林に覆われた深い森の中を彷徨っている 苔生した木々から湿り気を帯びた生命の香りが漂う中 癒しを求めて森の奥を目指して歩く ふと目の奥に差し込む 一条の光に私は気づく 森の中にあるはずのない花や赤い果実の香り 胸に手を当て逸る心を抑えながら歩みを進める 不意に森が開け奇跡のように湧き出した澄みきった小さな泉 砂漠の中のオアシスのように 忽然と姿を現す癒しの水辺 天上からの光を受けて 水面は無数の宝石さながらに煌めいている 私はその美しさに吸い寄せられ そっと泉に近づく 瞬間さざ波をひきつれて 駆け抜けてくる風が 甘い花と野生の赤い果実の香りを鼻腔に届けにくる 森の奥であることを忘れさせてくれる香りのハーモニー 私は軽い目眩を覚え にわかに潤いが恋しくなる 上質なクリスタルのように澄み切った光に手を浸し そっと上澄みを口に運ぶ なんという甘さ なんという気高さ 自然の恵みがもたらしたこの豊かさは 人の手の及ばぬこの処女地にこそふさわしい おお見よ あの絡み合うふたつの菫色の蝶たちを! この小さな泉は お前たちの聖地なのかもしれない

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルーズ(2001)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第二使徒

シャトー・パルメ

シャトー・パルメ

シャトー・パルメが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第8巻 #76〜

フランス
地域
ボルドー(マルゴー村)
葡萄
カベルネ・ソーヴィニヨン 48%、メルロー46%、プティ・ヴェルド6%
年代
1999年
生産者
シャトー・パルメ
登場巻
第8巻 #76〜
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

このワインは「モナ・リザ」である。私はフィレンツェからピサへ向かう街道に車を走らせていた。中程まで来た頃だろうか。ふと古いロマネスク様式の教会が目に留まり車を止めた。車を降りた私は樹齢数百年のオリーブの古木を庭に植えた古い家並みを、たわわに実った葡萄畑を抜けて村の中心部へと歩いて行く。ローマ時代の石畳の道をゆっくり登り詰めて行くと、一軒のレンガ造りの古い家にたどり着いた。私はその家に暮らす者が誰なのか興味を持った。不思議な気配を覚えたからだ。この小さな町のどこにでも見かけるようなただの古い家なのに、そこには完璧な美と理路整然とした調和を生み出す不滅の魂が確かに宿っていた。私はその家に踏み入った。その瞬間、私の魂ははるかな時を遡り美と謎にとらわれた一人の芸術家と邂逅したのである。彼は私を自分のアトリエへと誘った。高い窓から降り注ぐ午後の陽光は黒い布に覆われた2枚の小さな絵画を照らし出していた。芸術家は私を絵の前に立たせ謎を描けるように布を取り払った。2枚の絵はいずれも婉然と曖昧な微笑みを浮かべる女を描いたもので見分けがつかないほどよく似ていた。芸術家は私に尋ねた。「お前はどちらを愛するか?」と。私は尋ねた。「このふたつの絵はいつ描かれたのか」芸術家は答えた。「右の絵は夏に描いた」「左の絵は春だ」。それを聞いてもうひとつの質問を投げかけた。「このふたつの絵はいったい誰を描いたものだ」と。芸術家は再び答えた。「左の絵は子を宿したばかりの女だ。右の絵は.....」言いかけて芸術家はいたずら小僧のように微笑み私に向かって言った。「右の絵のモデルは教えられない」。私は改めて2枚の絵を見比べた。右の絵はより力強くまだ絵の具の乾ききっていない若々しさが溢れていた。対する左の絵は完成された柔らかさと慈しみが溢れ、私の心を真綿のような優しさで包み込んでくれた。私はすべてを悟って答えた。「私が愛するのは左の絵だ」と。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シャトー・パルメ(1999)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第三使徒

シャトーヌフ・デュ・パプ・キュヴェ・ダ・カポ

シャトーヌフ・デュ・パプ・キュヴェ・ダ・カポ

ドメーヌ・デュ・ペゴーが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第11巻 #107

フランス
地域
コート・デュ・ローヌ
葡萄
グルナッシュ75%、シラー20%、ムールヴェードル5%
年代
2000年
生産者
ドメーヌ・デュ・ペゴー
登場巻
第11巻 #107
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

『第三の使徒』は私自身の記憶の引き出しにしまわれていた。そのワインは忘れかけていた小さな、しかし、かけがえのない感動を呼び覚ましてくれたのである。あれはいつの日の光景だっただろう。夏に向かう季節ーー草むらの中を中のいい友だちと駆け回りながら日が傾くまで思い切り遊んでいた。隠れん坊をしていた私はいつの間にか友だちの気配がどこにもなくなり空き地に取り残されてしまったことに気づいた。空き地には今は見かけなくなった白いタンポポが雑草の中に群生している。広がり始めた夕焼けがそれらを真っ赤に染めあげていく。どこからともなく夕食を作る美味しそうな香りが風に乗って漂ってくる。何かを焼いているのか?空き地の草の匂いと通じり合い、それらは上等なハーブやスパイスの香りとなって鼻をくすぐる。私は夕闇の空き地に独りきりになってしまった不安で団欒を思い起こさせる香りをおびた風によってどうしようもなく家が恋しくなる。帰ろうもう帰ろう、そう思って歩きだす。だが黄昏が迫る家並はどこも同じように見える。歩いても歩いても家は逃げるように遠くなる。道を見失いお腹がすいて途方に暮れて泣き出しそうになった私の肩に温かい手が置かれた。坊や....温かく大きな手の主は私に微笑みかけ不安を取り除くためにお菓子をくれた。その小さなひと塊を私は口に含んだ。ほっとするような甘さ。考えられないほどの芳醇さ。その温もりは一瞬の思い出として幼い私の胸に永遠に刻まれた。気がつくと私は家の前に立っていた。薄く開いた窓からは団欒の笑い声が漏れ聞こえる。愛し信頼する家族の温もりを求めて私は重い木の扉を開けた。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シャトーヌフ・デュ・パプ・キュヴェ・ダ・カポ(2000)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第四使徒

シャトー・ラフルール

シャトー・ラフルール

シャトー・ラフルールが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第15巻 #139〜

フランス
地域
ボルドー(ポムロール地区)
葡萄
メルロー50%、カベルネ・フラン50%
年代
1994年
生産者
シャトー・ラフルール
登場巻
第15巻 #139〜
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

私は5月の晴れ渡った空の下にいる。そこは大樹の下で優しく陽を遮る陰に守られながら光り輝く庭園を眺めていた私はふと携えていた一冊の古い本を繙いた。

「まだあげ初めし前髪の林檎のもとに見えしとき前にさしたる花櫛の花ある君と思ひけりやさしく白き手をのべて林檎をわれにあたへしは薄紅の秋の実に人こひ初めしはじめなり わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき たのしき恋の盃を君が情に酌みしかな 林檎畠の樹の下に おもづからなる細道は 誰が踏みそめしかたみぞと 問いたまふこそこひしけれ」

私はゆっくりと立ち上がり、そらんじたその詩を口ずさみながら花咲く庭園をそぞろ歩く。遠い記憶の中で甘く微笑む少女を想いながら、芽吹く青葉の香りと足元から立ちのぼる雨上がりの土の香りに酔いしれて......いつの間にか私は庭園の直中に佇んでいた。紅色 櫻色 赤紫 そして白妙の鮮烈な花のハーモニー 。私はその中から赤紫の一輪をそっと摘みとり、いつか少女とともにそうしたように蜜腺を吸った。混じり気のない透明な仄かな、そして自らを語ろうとしない無口な甘さが、記憶の中の少女の微笑みと甘い口づけに寂かに連なっていく...そのワインは初恋の人に似ている。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シャトー・ラフルール(1994)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第五使徒

シュヴァリエ・モンラッシェ

シュヴァリエ・モンラッシェ

ミシェル・コラン・ドレジェが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第18巻 #169、#170

フランス
地域
ブルゴーニュ(ピュリニー・モンラッシェ村)
葡萄
シャルドネ100%
年代
2000年
生産者
ミシェル・コラン・ドレジェ
登場巻
第18巻 #169、#170
626677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ57/ 100

総合 57 / 100

神咲豊多香の手紙

私は今、孤高の頂に佇んでいる。この清冽なる待機、今、私の頭上には空の他、何もない。眼下の峰、総てはひれ伏すように横たわり、岩肌に張りつく白銀は絹のドレスを纏うかのように滑らかに輝いている。ふいに涙がこみあげた。その意味を探るべく私はこの頂に至るまでの道程を振り返った。常に困難でありながら堪えきれぬほどの希望、そして何より魔物に魅入られたような執念に駆り立てられ私は頂を目指したのだった。朝日に色づきはじめた高峰を見上げながら第一歩を踏み出した。挑む者を試すような静けさ、巨人はただ見下ろすのみだ。私は「ドン・キホーテ」のように挑みかかる。はやる気持ちを抑えながら、踏みしめるように頂を目指す。するとどうだろう。山は刻々とその表情を変え、時に笑顔、時に穏やかさを見せ、そして時に荒ぶる魂をもって牙を剥く。しかし私は諦めない。理想と希望、そして魂の求むるがままに私は岩にしがみつき滑る雪を踏みしめ、ひたすら高みを目指してゆく。あと少しあと少し、魂は飢え、渇き、聳え立つ頂以外、何ものも目に入らない私を嘲るように山は巨大でそして美しく沈黙している。絹のヴェールに覆われたような頂上は時折、視界に現れてはまた消え近づいたと思えば逃げ水のようにまた遠ざかる。ああ山よ。お前は魔物か。それとも神なのか⁉︎どれだけの時が流れただろう.....私の手は気がつくと頂をつかんでいた。辿り着いたのだ私は。なんという至福、なんという透明。豊かさも冷たさもこの世の複雑さも、あるいは優雅さも。この頂から総て鳥瞰できる喜び。私はそれを胸いっぱいに吸い込み、そして山を後にした。遠く高嶺を望めるところまで来て私は振り返った。孤高の頂は再び神秘に包まれ私を誘っていた。「もう一度いつかまたおいで、今度こそ教えてあげるから」。私は確かに聞いた。あれは幻だったのか?あの光景の総ては夢幻に過ぎなかったのか。それを確かめるために、いつかまたあの孤高の山を目指したいと切望せずにはいられない。今あの孤高のワインを飲む時に、ただひとつ言えることがある。いかに高い理想を持ち、いかに大きな期待を胸に味わったとしても、そのワインには決して失望することはないだろう。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シュヴァリエ・モンラッシェ(2000)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第六使徒

バローロ・カンヌビ・ボスキス(現在はバローロ・アレステに改名)

バローロ・カンヌビ・ボスキス(現在はバローロ・アレステに改名)

ルチアーノ・サンドローネが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第20巻 #196〜

イタリア
地域
ピエモンテ州
葡萄
ネッビオーロ100%
年代
2001年
生産者
ルチアーノ・サンドローネ
登場巻
第20巻 #196〜
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

孤独、この世に生を受けたときから私は真の孤独というものを知らずに生きてきた。私の近くには常に温もりがあった。本当に苦しいときは癒しを与えられ、思い上がっているときは厳しさの中に放り込まれた。そうやって私は生きてきた。それが当然と思って.....私は見捨てられた吟遊詩人のように暗闇を歩いている。初めて味わう孤独に怯えながら...ふと立ち止まるといつの間にか漆黒の空は深い藍色を帯び始めていた。ここは見渡す限り動くもののない静かなる領域、その世界には静謐な泉は存在せず、それゆえに水面を渡る涼やかな風を感じることはない。渇きを癒す泉もなければ焦燥を鎮めてくれる風もないのだ。それにも拘らず救いがあり癒しがあり何よりもそこに身を浸すような穏やかさが溢れている。ゆっくりと明けていく薄闇の向こう側に柔らかで安堵に満ち溢れた影が佇んでいる。謎めいた「影」はやがて微かな光の衣を纏い始めた。残月の如く浮かび上がるその姿は厳かでありながら慈愛に満ち溢れている。その佇まいは人でありながら宇宙である。その眼差しは伏していながら総てを見つめている。その指先は永遠なる思惟を物語っている。立ち上がるでもなく座り続けるでもなく語るでもなく笑うでもなく、そしてただ沈黙するでもない。幸せでも不幸でもなく夜でもなく朝でもない。太陽でもなく月でもない。しかしあなたは私を受け入れてくれている。ありのままの私を静かに抱き寄せてくれようとしている。思わず近づく、愛する子のように、愛される母のように、孤独を携えた私の肩を抱き寄せてくれる気がして、抗うことのできぬ力に引き寄せられながら私は歩み寄る。頬を寄せる安らぎを求めて。そして訊ねる。私は何をすればいいのですか?この先の幾歳を生き抜くことに一体どんな意味があるというのですか?弥勒菩薩半跏思惟像。このワインは悩める者の問いかけに黙示をもって答えてくれる。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。バローロ・カンヌビ・ボスキス(現在はバローロ・アレステに改名)(2001)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第七使徒

シネ・クア・ノン 2003 ザ・イノーギュラル・イレブン・コンフェッションズ・シラー

シネ・クア・ノン 2003 ザ・イノーギュラル・イレブン・コンフェッションズ・シラー

不明が紡ぐ、物語に刻まれた一口

※毎年ワイン名やラベルが変わる

アメリカ
地域
カリフォルニア、サンタバーバラ、サンタリタヒルズ
葡萄
シラー
年代
2003年
生産者
シネ・クア・ノン
登場巻
※毎年ワイン名やラベルが変わる
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

そのときの私は自信に溢れていた。荒野にひとり佇もうとも、深い森をひとり彷徨おうとも、道を失おうとも、あるいは大海に浮かぶ小舟にただひとり揺られようとも、決して動じることはない。そう思い込んでいたのだ。群れを離れた若獅子のごとく猛々しく振る舞っていた自分を、私はこのワインをグラスに注ぐ。そのたびに思い起こさずにはいられないのである。その香りは私を捕らえて放さない。懐かしい過去のように輝かしい未来への空想のように。私はたまらずに手を伸ばしそれを味わう。どこまでも高い空、見渡す限り広がる地平線。そして確固として動じない大地。私は我が身の矮小さを思い知らされる。遠くから地鳴りのように厳かに、潮騒のようにたおやかに聴こえてくる一本の旋律。それはひとつ、またひとつ重なり合い、荘厳にして複雑なバロックとなって私をとりまきどこまでも鳴り響いてゆく。それは巨大な蟻の塔のように見える。それは群衆の叫びのようにも感じる。それは天を支える聖なる柱のように聳えている。それは訴えてくる。祈るがいい。神にではなく人の力に。目指すがいい、天ではなく声のするほうを。我が身を見失いし者よ。驕り昂り、それ故に人に見放されし者よ。日々を生きることに振り回され、あるいは目まぐるしい時の流れにただその身を委ね、揺蕩うだけの者たちよ。掌を開き漲る力を確かめ、そしてこの地を訪れるがいい。ここには永遠に終わらぬ夢がある。ここには大いなる未完成が佇んでいる。アントニ・ガウディ。あなたは信じていたのだろうか。人々が諦めることを知らず、あなたの夢を紡ぎ続けるだろうと。幾多の若者たちが西から、そして東の果てからも集い、何を求めるでもなく、槌を振るい、鏝を操り、汗を流すことを厭わず、力の限りあなたの描いた夢のその先を、ともに創り続けるこの奇跡を、あなたは信じていたのですか。このワインは永遠の未完成サグラダ・ファミリアである。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シネ・クア・ノン 2003 ザ・イノーギュラル・イレブン・コンフェッションズ・シラー(2003)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第八使徒

ジャック・セロス・キュヴェ・エクスキーズ NV

ジャック・セロス・キュヴェ・エクスキーズ NV

ジャック・セロスが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第27巻 #260〜

フランス
地域
シャンパーニュ
葡萄
シャルドネ
年代
NV
生産者
ジャック・セロス
登場巻
第27巻 #260〜
626677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ57/ 100

総合 57 / 100

神咲豊多香の手紙

このワインは「出会い」である。出会いは常にときめきと躍動をともなう。人は人と出会うことでしか変わりえ図、新たな道を見出すこともできない。ただその出会いが異性であった場合、人は時に叶わぬ想いを胸に秘め、ただ遠くから見つめることだけで満ち足りたひとときを過ごすだろう。一瞬のときめき、強さと優しさと激しさと静けさと、きりりとした自尊心とたおやかな女性らしさを兼ね備えた横顔、私にはわかっている。あなたは優しさを渇望している。ただあなたの求める優しさは今の私には到底、手が届かない。ああ美しき人よ。見つめるものを陶酔させる笑顔は甘く、そして切ない。控えめでありながら凛と背を伸ばし、まっすぐに目を見つめるあなたは、その内面に獣のようなエロスと聖女のような高潔さを兼ね備えている。あなたは常に歩んでいる。あなたは留まらず何かを目指している。その何かが私にわからないのは、私がまだ未熟だからであり、決してあなたのせいではない。なぜならあなたは太陽と大地と、そして風のただなかに生きているから。ゆらゆらと黄金の髪を風にたなびかせ、あなたは自信に溢れ、私を振り返る。「ついておいで来られるものなら」。そのワインは一人の女性であり、一本の樹である。広々とした草原に佇むその一本の樹は、風を受けて常に揺れ動いている。ざわざわざわざわと生い茂る葉は風に揺蕩いながら、降り注ぐ太陽に煌めいている。その樹は私の総てを沈黙を持って受け入れてくれる。ああ青春のひととき、私を虜にしたワインよ。あなたは手を差し伸べればそこにいた。しかし決して届くことはなかったポートレートの中の「マドンナ」である。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。ジャック・セロス・キュヴェ・エクスキーズ NV(NV)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第九使徒

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ

ポッジョ・ディ・ソットが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第30巻 #294〜

イタリア
地域
トスカーナ州(モンタルチーノ)
葡萄
サンジョヴェーゼ・グロッソ
年代
2005年
生産者
ポッジョ・ディ・ソット
登場巻
第30巻 #294〜
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

私は走り続けてきた。様々な困難を乗り越え、約束の地を目指して。困難の一つ一つは目の前に立ち塞がったその時は憎むべき存在だった。しかし振り返ると、それほど遠い昔のこともないのに懐かしく感じられる。今だからこそわかる。成功は「月」であり困難こそが「太陽」なのだ。太陽がなければ月は決して輝くことはない。同じように困難のない成功は、人の心をときめかせることはないのだ。成功は「果実」であり、困難は「大地」である。大地と格闘することなしに果実を手にすることは叶わない。同じように地に足のつかぬ成功などに喜びは伴わない。今ならばわかる。今ならばそれを伝えられる。勝利を手にし、果実を口にしようとしている私には。しかしどうだろう。それを後から来る者に伝えることは、困難であると同時に傲慢でしかないのだ。傲慢でしかないからこそ私は、その役割をワインに託したいと思うのである。足に残る心地よい疲れ、破れそうな心臓をなおも働かそうとする勝利への渇望。見よ、手の届くところに凱旋すべき門がある。弾ける汗、それは苦しみを乗り越えた者にこそ相応しい聖なる雫である。人々の歓声の声が出迎える最後のトラックを勇者は誇りを胸に駆け抜けていく。両手を天に突き上げ、勝利の雄叫びをもって迎えられるがよい。女神が授ける様々な紅い花の冠、勝者を讃える華やかな宴。このワインは秘めた情熱である。このワインは困難を乗り越える力の源である。このワインは華やかな成功を夢見る野心である。このワインは手にした果実であり、それを口にした若き勇者の高揚であり、忘れ得ぬ「勝利の余韻」である。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ(2005)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第十使徒

グラン・エシェゾー

グラン・エシェゾー

ロベール・シュルグが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第34巻 #330〜

フランス
地域
ブルゴーニュ(グラン・エシェゾー)
葡萄
ピノ・ノワール100%
年代
2002年
生産者
ロベール・シュルグ
登場巻
第34巻 #330〜
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

ここは夜なのか、それとも地の底なのか。激しい生命力を孕みながら私は種子のようにその時を待つ。生きることの意味を探し続けて彷徨うことは決してたやすくはない。それは時に振り返り、時に駆け出し、立ち止まって思い悩むことの繰り返しなのだ。胎動そして誕生。闇を這い登り、光の誘惑に導かれ、目指すものはまだ見ぬ空。地の底とめくるめく外界を隔てる地平を突き抜けて私は木の芽のように天にその手を伸ばす。光だ。待ち続けた光。私は一気呵成に果てしない空を目指し巨木となり天に向かって行く。眼下に広がる大地、生命の坩堝、土、水、草、花、獣、人はもちろん小さな虫けらまでも私は今虚空から俯瞰している。胸に一節の歌が浮かんだ。「花に鳴く鶯水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるものいづれか歌をよまざりける。力も入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をもなぐさむる歌なり」。宇宙から望む地球とはかくなるものか、闇の直中に浮かぶ優しき輝き、命の源。このワインは魂である。このワインは俯瞰した大地である。このワインは宇宙の広がりである。そしてこのワインは「希望」である。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。グラン・エシェゾー(2002)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第十一使徒

フェレール・ボベ・セレクシオ・エスペシャル

フェレール・ボベ・セレクシオ・エスペシャル

不明が紡ぐ、物語に刻まれた一口

第39巻 #380

スペイン
地域
カタルーニャ地方(プリオラート)
葡萄
カリニェナ主体
年代
2008年
生産者
フェレール・ボベ
登場巻
第39巻 #380
666677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ63/ 100

総合 63 / 100

神咲豊多香の手紙

このワインには風が吹いている。情熱を求めて彼の血を訪れし時、私は知った。汗を鎮めてくれる風、その清々しさ、灼熱の大地に吹く風の豊かさを。この夕陽を刻みつけたワインをグラスに注いだ時、私には色とりどりの風が見えた。風がなぜ一抹の寂しさを帯びているのか、答えは風が常に去ってゆくものだからなのかもしれない。私は風に運ばれて天空に舞い上がる。限りない大地の豊かさを離れた空から見下ろす時、いつか自分に訪れる永訣の時を思わずにはいられないのだ。その時思い出すのは家族が揃っていたあの幸福なひとときである。出会いともに暮らし、苦しみ愛し合い、ずっとずっと与え続けた日々が風とともに遠ざかっていくのを見つめながら私は佇む。そして初めて知るのだ。別れこそが総ての始まりであることを。太陽よ降り注げ、生命を育むがよい。雨よ濡らせ、大地を潤し、生きとし生けるものを癒すがいい。風よ運ぶがよい。命を宿しし種子を新たな天地へと。私はただ見送る。樹のように佇みながら、ふと瞳の奥を射る燃えるような夕陽。天地に織り成す光と影の物語。火照りを和らげてくれる風だけが優しく頬を撫でてくれる。さらば愛しき者よ。お前は私であり私はお前でもある。天に向かい永遠に伸び続ける樹のような大地の奥にもくもくと張りゆく根のような。風に乗りどこまでも旅する種子のような。そんな人生であれ。風よ、私をどこに連れていってくれるのだ。太陽よ、私をどこから見守ってくれているのだ。今度こそ私はこの地平から旅に出る。生きて生きて生き抜いてきた今だからこそ出られる創造の旅へと。人生を回想する時、そこに私は愛するが故の決別がある。決して振り返らない後ろ姿を。いつまでも眺めていられる自分の強さ、優しさ、理解。無からもう一度始められることへの情熱と期待。新たなる旅立ちの予感。いつの日かお前たちも見るだろう、この夕陽を。そしていつか感じるだろう。このワインは太陽とともに去りゆく風である。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。フェレール・ボベ・セレクシオ・エスペシャル(2008)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。

第十二使徒

シャトー・ディケム

シャトー・ディケム

シャトー・ディケムが紡ぐ、物語に刻まれた一口

第44巻 #431〜

フランス
地域
ボルドー(ソーテルヌ地区)
葡萄
セミヨン、ソーヴィニヨン・ブラン
年代
1976年
生産者
シャトー・ディケム
登場巻
第44巻 #431〜
626677酸味タンニンボディ果実味余韻複雑さ57/ 100

総合 57 / 100

神咲豊多香の手紙

私は歩いている。苔生した暗い森を抜けると太陽の照りつける丘が開けた。だが、その丘はまた霧に覆われ、私は歩むべき道を失う。私はまた歩いている。そこは静謐な寺院。歴史を刻みつけた長い廊下は、光が差してはとだえ、どこに続いているかも定かではない。私はふいに檻に閉ざされた。しかし、その檻は人を閉じ込め苦しめるための檻ではない。むしろ、その後ろに待つ喜びをより深くするための、神の仕掛けた余興なのである。私はしなやかな雌ライオンに出会う。鳶色の目でじっと私を見つめている。私に恋をしているのだろうか?その吸い込まれるような瞳。歩み寄ろうとすると、背を波立たせながら逃げ去ってしまう。私はまたひとり。そして、歩き出す。私は歩いている。色とりどりの果物や、花や、麦わら帽子、そして絹の織物や笑顔、溢れかえるそれらは昼下がりの市場だ。私はそれから総てを味わいながら、ゆっくりと時の流れを楽しむ。ゆっくりと気まぐれに食べ、気まぐれに言葉を交わし、そしてくつろぐ。私は泳いでいる。深い、底の見えない透明な泉を。果てしなく続くグランブルーの彼方に、私はゆっくりと滑り落ちてゆく。これは温もりなのか、それとも優しい絶望なのか。絶望だとするなら、もう決して戻ることはできないだろう。私はピクニックに出かける。誰と?決まっている。幼い頃の私とだ。年老いた私を、幼い頃の私が不思議そうに見つめている。そして自由に駆けまわる幼い私を、年老いた私が見守るように見つめている。どちらも同じ私。一本のワイン。私はパイプをくゆらしながら、遠い海を見つめている。日はとうに沈み、夕闇が視界を閉じ始めている。私はいつの間にか眠りに落ちていた。若き日の私は血気盛んに嵐の海を乗り越えてきた。歳を重ね、大地を踏み固めるように前に進んで、時に壁を登り坂を下り、泣き、笑い、怒り、喜んだ。黄昏を迎えた私は歩いてきた道を振り返るが、そこには何も見えず、ただ足跡だけが続いていた。決して戻ることのできない私ひとりの足跡、ふと目を覚ます。入れたばかりの紅茶は、まだ温もりを残していた。60年の歳月は、一瞬の夢に過ぎなかった。このワインはまどろみが連れてきてくれた長く、短い夢である。このワインは永遠であり、そして一瞬である。

聞いとけ。グラスを傾けた瞬間、これはただの赤じゃないと鼻が先に吠える。酸と果実が押し合い、タンニンが背骨になって、余韻がなかなか帰ってこない。シャトー・ディケム(1976)——飲んだら誰かに話したくなる、そういう熱量の一本だ。